本吉山 清水寺 夜観音 朝観音

「夜観音朝観音」の法要  天台宗の開祖、伝教大師が開いたといわれ、1200年余りの歴史をもつ本吉山 清水寺。
 江戸時代から続く本尊千手観世音菩薩の年に一度のご開帳「夜観音朝観音」の法要が8月9日から行われます。この日に参拝すると四万六千日お参りした功徳があると言われています。
 八月九日早朝より夜中の十二時までのお参りが「よがんのん」、十二時を過ぎ翌朝までが「あさがんのん」と呼ばれる夜通しのお祭りです。

清水寺の鍋島隆啓住職  清水寺の鍋島隆啓住職

「清水の自然につつまれ、一歩一歩参道の石段を登り、静かに観音にお参りをする。参道を往くときに味わう情緒もお参りという祭りなんですよ。昔、娯楽が少なかったころ、男女の出会いも祭りが結ぶことが多かった。今の若い人々にももっと日本の感性に触れてほしいと思います。」

本尊千手観世音菩薩  本吉山 清水寺の縁起

 清水寺は天台宗の開祖、伝教大師によって開かれた古刹。開山以来、一千二百余年の間、清水寺は多くの人の厚い信仰を集めてきました。
 寺の言い伝えによると伝教大師は、唐から帰朝の折り、有明海の東方山中に美しく輝く光を発見されました。その光を求めて、一羽の雉を道案内にこの山に分け入ったところ、苔むした合歓(ねむ)の霊木に出会われたのでした。このうえなく喜ばれた大師は、大地から生えたままのこの樹に一丈六尺(約5メートル)の千手観音像を刻まれました。
 そして大同元年(西暦806年)にお堂を建立し、その観音様をお祀されました。
 このお堂が現在の本堂です。本の木で刻まれたお観音さまですから、清水寺の山号を本吉山と言います。
 清水寺は天台宗の開祖、伝教大師によって開かれた古刹。開山以来、一千二百余年の間、清水寺は多くの人の厚い信仰を集めてきました。
 
【 ご案内 】
刻の路 ミステリー瀬高 開 催 日 時 平成16年 8月 9日(月) 午前六時から
         8月10日(日) 午前六時まで


 場    所

 福岡県山門郡瀬高町本吉 清水寺

お問い合わせ 清水寺 寺務所  п@0944−63−7625
清水寺 本坊   п@0944−62−2001
瀬高町観光協会  п@0944−63−6111
  交通アクセスは、ここをクリック!!   
せたかのむかしばなし

瀬高には昔から人々に語り伝えられてきた民話や伝説が数多くあります。
そのなかから、清水寺の「夜観音朝観音」にまつわるお話をご紹介します。
 
゛たにし゛になった長者の娘"たにし"になった長者の娘

 昔、瀬高の金栗に長者がおり、たいそう可愛い娘がいましたが、二つのとき、母親が病気で亡くなりました。長者は新しい母親を迎えましたが、妹娘を生むと、姉娘につらくあたるようになりました。
 それから十数年後。清水寺の夜観音の日、母親は妹娘に精一杯おめかしをさせ、姉娘に「家の中と外を掃除して、生のゴボウでご飯を炊き、ざるで風呂の水を汲んでお湯をわかしたら祭りに行ってもいい」と言いました。
 広い家なので掃除も終わらないうちに夕闇が迫ってきます。泣きながら掃除をしていると実の母方のおばさんが通りかかり掃除を手伝ってくれました。さらに風呂の水汲みは前かけでざるを包んで、ご飯とお湯はしなびたゴボウにあんどんの油をかけて燃やせばいいと教えてくれました。すべての仕事を終え、似合う着物を着せてもらった姉娘は、初めての夜観音さまにお参りすることができました。そのとき美しい姿が浜田の庄屋息子の目にとまり、ぜひ嫁にと望まれたのです。
 おさまらない母親と妹娘は「もっとよいお婿さんを」と捜し、妹娘に花嫁衣裳を着せて馬に乗せ「瀬高一の長者の娘はいらんかも」とふれ歩きました。でも継子(ままこ)いじめを知っていた人々は誰も相手にしません。そして九折(つづら)というところで日が暮れた時に、足を踏み外し深い谷に落ちてしまいました。谷に落ちた母親と妹娘は゛たにし゛になってしまいました。今でも九折(つづら)の゛たにし゛は「お嫁に行きたい、花嫁はいらんかもう」とぶつぶつ泣いているそうです。