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天台宗の開祖、伝教大師が開いたといわれ、1200年余りの歴史をもつ本吉山 清水寺。 江戸時代から続く本尊千手観世音菩薩の年に一度のご開帳「夜観音朝観音」の法要が8月9日から行われます。この日に参拝すると四万六千日お参りした功徳があると言われています。 八月九日早朝より夜中の十二時までのお参りが「よがんのん」、十二時を過ぎ翌朝までが「あさがんのん」と呼ばれる夜通しのお祭りです。 |
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| ■せたかのむかしばなし 瀬高には昔から人々に語り伝えられてきた民話や伝説が数多くあります。 そのなかから、清水寺の「夜観音朝観音」にまつわるお話をご紹介します。 |
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"たにし"になった長者の娘昔、瀬高の金栗に長者がおり、たいそう可愛い娘がいましたが、二つのとき、母親が病気で亡くなりました。長者は新しい母親を迎えましたが、妹娘を生むと、姉娘につらくあたるようになりました。 それから十数年後。清水寺の夜観音の日、母親は妹娘に精一杯おめかしをさせ、姉娘に「家の中と外を掃除して、生のゴボウでご飯を炊き、ざるで風呂の水を汲んでお湯をわかしたら祭りに行ってもいい」と言いました。 広い家なので掃除も終わらないうちに夕闇が迫ってきます。泣きながら掃除をしていると実の母方のおばさんが通りかかり掃除を手伝ってくれました。さらに風呂の水汲みは前かけでざるを包んで、ご飯とお湯はしなびたゴボウにあんどんの油をかけて燃やせばいいと教えてくれました。すべての仕事を終え、似合う着物を着せてもらった姉娘は、初めての夜観音さまにお参りすることができました。そのとき美しい姿が浜田の庄屋息子の目にとまり、ぜひ嫁にと望まれたのです。 おさまらない母親と妹娘は「もっとよいお婿さんを」と捜し、妹娘に花嫁衣裳を着せて馬に乗せ「瀬高一の長者の娘はいらんかも」とふれ歩きました。でも継子(ままこ)いじめを知っていた人々は誰も相手にしません。そして九折(つづら)というところで日が暮れた時に、足を踏み外し深い谷に落ちてしまいました。谷に落ちた母親と妹娘は゛たにし゛になってしまいました。今でも九折(つづら)の゛たにし゛は「お嫁に行きたい、花嫁はいらんかもう」とぶつぶつ泣いているそうです。 |
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