インドから始まるなすの話

なすの名前
 「なす」の学名はSolanum melongena L.(ソラナム・メロンゲーナ)といいます。 ナス科の植物(双子葉植物合弁花類)で、トマト、トウガラシ、ジャガイモ、タバコなどと同じ仲間です。
 ナス科の植物の特徴は花の構造にあります。まず花がオシベ・メシベがひとつの花の中にある両性花で一枚の花びら(花冠)が5つに裂けていること、オシベが花冠につくことなどの特徴があります。
 さて、「なす」の名前の由来ですが、さきにご紹介したSolanum melongena L.(ソラナム・メロンゲーナ)」という学名は植物分類を確立したリンネが付けたもので、Solanumとはナス属という意味で語源となったラテン語のSolamen(ソラナム)には、「鎮静」という意味があります。
 そしてmelongena(メロンゲーナ)には、メロンという言葉が使われているように「ウリがなる」という意味があります。日本のことわざに「瓜のつるになすびはならぬ」という言葉がありますが、中国で713年に書かれた「本草拾遺」の中にも「唐(618〜907)以前よりこれを崑崙紫瓜と云う」といった記述もあります。
 日本での最古の記録としては、東大寺正倉院文書に「天平勝宝2年(西暦750年)6月21日藍園茄子を進上したり」とあり、「倭名類聚鈔」(923〜930)には「奈須比」という名前を見ることができます。
 英語では、Egg-plant,ドイツ語でEierpflanze,フランス語ではAubergineで、いずれも果実の形から「卵のなる木」という意味の言葉です。
野菜はどこからやってきた

 現在、日本では、100種類以上の野菜が栽培されています。でもそれらの野菜は、昔から日本にあったわけではありません。トマトやジャガイモは、南米のアンデス山脈から、スイカは、アフリカ大陸から、またキャベツや大根は、地中海沿岸からというように世界のいろいろなところから日本へやってきました。この野菜たちの生まれ故郷のことを原産地といいます。
なすの原産地

なすの原産地
 なすの原産地は、インドと推定されています。現在栽培されているなすの系統種Solanum melongena L.は、野生では発見されていませんがこの種に近いSolanum,insanamRoxburghtがインド東部カルカッタからマドラスにむかってそびえる東ガード山脈に自生していますので、ここが原産地と見られています。
 この地域でのなすの生育シーズンは、6月から9月の雨季です。この時期のカルカッタは、平均気温25度、赤道に近い地理的条件のため雨季でも日射量は十分ありますし、また雨季に降る雨で土の中の有機物の分解も進み、肥料も十分に与えられるという状態で育っています。なすの持っている高温と湿度の高い条件で生育して多くの肥料を必要とするという性質は、この生まれ故郷の環境によるものです。現在、日本で栽培されているナスにもこの性質が受け継がれています。


なすの来た道

なすの来た道
 ここで原産地のインドからどうやって日本に「なす」がやってきたのか調べてみましょう。 なすの原産地インド東部から東南アジア方面へはかなり古い時代から伝わったと考えられていますが正確な記録は残っていません。
 中国には記録が残っていて、中国の古書「斉民要術」(405〜556)にはなすの栽培、採種のことなどが書かれています。また「本草拾遺」(713)に「隋煬帝改茄日 崑崙紫瓜」という記事があり、多くの品種が記載されています。このことから中国では後魏時代(4世紀から5世紀ごろ)以前にチベットから崑崙山脈(こんろんさんみゃく)を経て中国に伝わったと考えられます。
 日本での最古の記録としては、東大寺正倉院文書に「天平勝宝2年(西暦750年)6月21日藍園茄子を進上したり」とあり、「倭名類聚鈔」(923〜930)には「奈須比」という名前を見ることができます。また「延喜式」(928)の耕種園圃の部には、なすの栽培のことや、なすの漬物加工のことなども載っています。この時期は天平時代にあたり中国から日本へ各種の文物や技術が伝えられましたから「なす」の種もそれらといっしょに中国から渡来したであろうと考えられています。
  一方インドから西へは古代ペルシャへ伝わり、ペルシャ人の交易によってアラビア地方ではすでに5世紀に記録があり、北アフリカ、アルジェリア地方でも栽培されていたという記録があります。ヨーロッパで栽培されたのはかなり遅く13世紀ごろから地中海沿岸地域で栽培されるようになりました。しかし、ヨーロッパではアジア地域ほどには普及せず当時のイギリスでは観賞用として栽培されていたようです。
 アメリカへは16世紀に移民がべレンゲナスと呼ばれていた品種を持ち込んで栽培されました。南アメリカへも同じころにヨーロッパからポルトガル人によって伝わったと考えられています。